卜然山房

読書、占いと文芸創作、時事、その他。思考を整理するためのノート。

 断易の正式の立卦法が擲銭法であることに疑う余地はないが、日本で銭を投げる人はなぜか少ない。みな神蓍を振っている。いろいろ理由はあるのだろうが、ひとつには日本の硬貨の表裏にあるのではないか。僕はこの点において、ちょっと微妙なところがあると思っている。財務省のサイトには硬貨の表裏がいちおう載っているが、これには法的な根拠があるわけではないそうだ。他方、断易で用いられるのはだいたい穴銭だが、穴銭には乾隆通宝、寛永通宝などの元号・年号あるいは名称が記載されているほうが表になる。さて日本の硬貨を見てみると、たとえば100円玉は、桜花に日本国・百円とあるほうが表で、100、平成何年とあるほうが裏になっている。ほかもだいたいそんな具合だ。つまり、穴銭には年号・元号が表とされているほうにあり、現代日本の硬貨には裏とされているほうにある。ここに気になる不一致がある。

 表と決めて投げればどっちでもいいんだとか、表表表を老陰ではなく老陽としてもかまわないんだとか、平気でおっしゃる人たちもいるが、そういう考えの人に対しては「それでいいんじゃないですか」以外に言いようがないので、この際、脇に置いておく。この問題は、日本の硬貨を使わなければ避けられる話だが、たとえばネット経由でひとの依頼を受ける場合には、五円玉なり十円玉なり、財布から揃いの硬貨を取り出して投げてもらうことになる。このとき、表裏が逆になっていたのでは、取れる占機も取れなくなりかねない。しっかり考察・検証して自分なりの答えを出しておくことが必要だろうと思う。

 僕個人はというと、25セント硬貨を投げている。以前は六面体の賽子三つを投げていたが、較べるとどうしたって穴銭のほうがいい。ところが、手持ちの乾隆通宝はちょっと汚くて「好銭」とは言いがたいし、寛永通宝は投げるたびに手が臭くなって困る。ただ、占術的には寛永通宝がいちばんいいと思うので、ここぞというときには清めの意味でさっと洗って投げることにしているが、ふだん使いにしているのは25セント硬貨のほうだ。これは半世紀以上まえに鋳造された銀製のもので、重さも大きさもちょうどいい。銀なのでたぶん消臭効果もあると思う。少なくとも、あの財布の小銭入れの匂いに悩まされたことは一度もない。

 この25セント硬貨は、表とされているほうにワシントンの肖像と通貨発行年が記されている。西暦と元号では一緒の話にはならんだろうけど、西暦はキリストの元号とも言えないこともない。裏は白頭鷲に「UNITED STATES OF AMERICA」「QUARTER DOLLAR」とある。これは無難に表を表、裏を裏として使えている。

 日本の硬貨には西暦はないが、昭和・平成などの元号は刻印されている。もし元号のあるほうが占術的(擲銭法的)には表になるとすれば、慣例による定義はことごとく裏返ることになる。ちなみに中国や台湾の断易家は現代の硬貨を投げることも多いそうだが、概して西暦などの年が刻印されているほうが表になっているようだ。

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 これらをどう考えるかは、、、アナタ次第!

 たまには周易の話でも。

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 略筮法という立卦法がある。これは本邦における易占史の二大巨人といってよい新井白蛾と高島呑象がそろって常用したことから、現在、実占のスタンダードのように扱われているが、実際にはかなり偏った立卦法であると言わざるを得ない。一爻変の卦が出るように固定されており、従って不変卦も二爻変以上の卦もいっさい出ない。本来、周易には不変卦もあれば全爻変もある。これらを丸ごと排除してしまったことで、かなり歪な術になってしまった感がある。白蛾も呑象も略式のものという認識のうえで使っていたと思うが、現代の周易使いさんのほとんどは、略式のものとして使うのではなく、略筮法しかできない、という状況になっているのではないか。

 本来、爻辞は、占断を構成する要素の一部に過ぎず、たとえば本筮法なり擲銭法なりの立卦法を使って、一爻変の卦を得たうえで、占事と応じていると思われるときにのみ取るものだ、と僕は思っている。毎回毎回、機械的に取っていたら、そら頻繁に不応が出てくるのも当たり前である。さらに言うなら、白蛾・真勢のようにいっさい爻辞を取らないというのもまた偏っていると思う。僕の経験からすると、一爻変の卦を得たときには爻辞がドンピシャの答えであった、ということが多々ある。

 辞を取らないときはなにを見るんだ、と思う人も多いかもしれないが、基本的に三つある。諸々の経文を含む大成卦とその変化、生卦、それから八卦である。周易は歴史的に義理易と象数易に分かれてしまったが、春秋・戦国の頃の占例を見ると、もともとは八卦も辞もとくに区別せずに占考されていたことが分かる。それを占事に合わせて再編成して事象を読んでいくものだったのである。つまり非常に自由度の高い、それゆえに難しく、格調の高い占術だった。

 周易の秘訣というか、奥義は、辞・象・変のなかから的確に「応」じている箇所を見つけ、そこを起点にして巧みに占考・占断を再構成することだと僕は思っている。が、これには相応の知識と経験と機転が必要で、従ってよほど勘のいい人か熟練者がやらないとそもそも成立しえない構造をしている。しかも皮肉なことに、国内で周易を学んでいる人は、とにもかくにも略筮法で卦を立ててひたすら爻辞を推すことを教わる。あるいは権威の占考を踏襲することを教わる。これでは八卦や生卦を学んで実地に使っていく機会がない。いつまで経っても上達しない、ということになりがちだ。

 なので、僕は、多少大変でも擲銭法を使って卦を立てることをお勧めしたい。不変卦や多爻変が出たら、八卦の象意をとったり六十四卦の変化を見て、慣れてきたら生卦を学んでみるといいんじゃないか。一爻変のときはむろん爻辞を参照して構わない。ただし、占事にピッタリはまらないな、と思ったら別の角度から読み直してみる。そうしてああじゃないこうじゃないやっているうちに、「ピンと来る」感覚が掴めるんじゃないかと思う。

 周易をやる場合は、断易と違って、直感というものを大切にしたほうがいいかもしれない。卦を見た瞬間にピンときたり、何時間もかけて熟考するなかでピンときたり(というかふと腑に落ちたり)することがあるが、そういうのはだいたい当たっている。理屈はあとから見つかる、ということもある。

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 それから、占ったら必ず記録に付けて、結果が出たらしっかり検証することが必要だ。そういう風にして的占の経験を重ねることで、周易とはこういう感じのもの、というのが徐々に分かってくると思う。まずは爻辞にインパクトのあることが書いてあった場合に、強く影響されないようになりたい。そうすることで初めて「自分の頭で考え、自分の責任で判断する」ことが可能になる。これが上達への第一歩である。いちおう言っておくけれども、爻辞を見て喜んだり恐れ戦いたりするのは、九割九分、直感ではない。単なる感情的な反応である。直感はそういうのとは別のところからやってくる。

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 昨日の占例だが、例によって勝負占である。渡辺明二冠と久保利明九段の対局を、渡辺さんの側から占って、銭を投げて明夷之豊を得た。四爻が変じる。

  ☷  ☳
  ☲  ☲

 爻辞を取るのもいいが、それより本卦の名称「明夷」である。アキラやぶれる、と読める。外卦は坤で久保さんの窪に通じる。むろん厳密には窪は兌を当てるべきだろうが、山の艮に対する坤には低地の義があると言ってよい。それが震に変じる。震には正しいとか勝つとかの意がある。爻辞よりこっちのほうが占事にフィットしているように思える。結果は、122手で渡辺さんが投了し、久保さんが勝った。

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 その前の日だったと思うが、夜中、欧州サッカーを某動画配信サイトで観戦した。その日はセリエAの最終節で、レッチェというクラブが降格をかけてホームでパルマと対戦した。いきなり0-2とリードされて万事休すかと思われたがなんとか一点を返し、面白くなってきたと思って銭を投げた。ズバリ、追いつけるか追いつけないか。観之中孚を得た。

  ☴  ☴
  ☷  ☱

 観は二爻ずつまとめると艮になる。これを大艮という。艮には止まれの意がある。大いに止まる、ということである。これだけ見ると駄目くさいが、十二消長卦というのがあって、観卦は陰気が長じて半ばを過ぎたころ、具体的には陰暦八月を現す。ところでその倒卦(天地をひっくりかえした卦)の臨の卦辞には、「八月に至れば凶あらん」とある。臨はおなじく十二消長卦のひとつであり、大震で、十二月の卦である。これが倒卦となる八月(観卦の時期)に出たら凶になる、ということは、八月にその逆の観卦を得たのだから吉、ということにならないか。正確にはいまは陰暦八月ではないが、新暦では八月である。

 この観卦が変じて中孚になる。中孚には内卦の兌と外卦の倒兌(兌をさかさにした卦、巽)が向かい合っている象がある、とされる。ここから真心が通じるの義をとる。豚魚吉といわれるゆえんである。つまり、同格のものが並ぶ意味がある。並ぶということは、追いつくということである。

 結果は、直後、得点して2-2になった。(ただ、試合は3-4で敗れた)

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 周易は、卦と占事・事象が応じているところを見つけて、そこから素直に推せば、割合的を射た判断ができるものだと思う。

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 ついでに。安倍政権のGoToキャンペーンを占って銭を投げ、蹇之比を得た。

  ☵  ☵
  ☶  ☷

 九三の爻辞は「往蹇、來反」(ゆけばなやみ、来ればかえる)。また卦辞には「利西南。不利東北」(西南によろしく、東北によろしからず)とある。これは平坦なほう(南西=坤)に進めば吉、険しい山道(東北=艮)をゆけば凶、ということだ。政権はこの政策を、反対を押し切って進めたことで、ひどく批判されている。まんまである。之卦に比(五爻の一陽がほかの五陰を統べる)を得ているので長い目で見ればよいのではないかと判断する人もいるかもしれないが、僕は三爻は五爻ではなく上爻と応じていて、上爻は引退・無位の爻位であるので、政権を危うくしかねないと見る。また民衆(坤)が陥る(坎)象があり、コロナ禍悪化のかたちが出ているとも言える。いずれにせよ、易神は平坦な道を行ったほうがよいという意見のようだ。

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 中筮法はどうか、という人もいるかもしれないが、僕は練習に中筮法を使うのはお勧めしない。吉凶判断それ自体に爻卦は必要ではない。必要になってしまったらそれは周易ではない、とさえ思っている。似て非なるものである。が、爻卦から事象を読めることもあるし、射覆で素晴らしい威力を発揮した例もいくつか見ている。なので、状況に応じて使えばいいと思うが、常用すべき法ではないと個人的には感じている。小うるさいことを言って申し訳ないと思うが、率直に意見を求められたら、そのように言わざるを得ない。あくまで擲銭法をお勧めします。

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 周易と断易の両方を使う人には、ほかに難しい問題がある。周易と断易は峻別して用いるべきか、それとも併用すべきか、だ。僕はいまのところ峻別していて、断易で占うと決めたら決して周易の判断は交えないし、逆もしかりだ。しかし一時期、併用を研究したこともある。この是非は、結局のところ、どういうスタイルで断易をやっていくかに拠るのではないか。卜筮正宗、増刪卜易のやり方に倣うのであれば一切交えるべきではないが、易冒のやり方に倣うのであればそれはそれでいいんじゃないかと思う。

 個人的な結論としては、以下の通りである。周易と断易は、形式を共有しているが、中身はまったく異なる占術である。周易は陰陽八卦と経文を論じ、断易は五行十二支を論じる。べつの機構を持ったものなので、一卦のうちに併用するのは理に合わない。たとえば身命占などで、財運と配偶者運をひとつの卦で占うのは無理がある。とすれば、周易と断易を併用するのは尚更だろう。周易なら周易として、断易なら断易として、分占すべきだと思う。そのメリハリをつけるために、周易用の銭と断易用の銭を分けるというのはアリかもしれない。

 率直に言ってしまえば、単独でも十分用を為すので、併用する必要がない、という感じ。併用したところで、占機が取れていなければ、どう読んでも無駄である。つまり、そのメリットがない。少なくとも、分占・再占したほうが、併用するよりはよほど機能すると思う。

 現在の世界(にほぼ)共通の暦は太陽暦である。太陽のみを基準にしているので、暦と季節のズレがほとんどない。日本では明治時代に、陰暦から新暦に切り替わったが、それ以前は太陽と月の動きを折衷して暦を決めていた。つまり、新月からつぎの新月までをひと月とし、二十四節気のどの中気を含むかでなん月であるかが決まった。また、新月からつぎの新月までに中気を含まないこともあり、この場合は閏月になる。

 つまり、陰暦(太陰太陽暦)は、新月の日と中気が分かれば、誰でも作ることができる。冬至を含む月が十一月で、そこから順番に充てていけばいい。中国の春節というのは、こうして割り出された一月朔日のことである。ちなみに朔というのはついたちの意もあるが、新月の意もある。ほかにもいろいろ細かい規則があるようだし、2033年の後半から34年の前半にかけて、中気を含まない月やふたつ含む月が連続してややこしいことになるらしいが、まあこの辺は置いておこう。

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 中国では清代初期に、日本では天保の時代に、定気法が採用された。それ以前は平気法だった。定気法というのは二十四節気をとるにあたって、太陽と地球の角度で分割したもので、平気法は時間で分割したものだ。定気法を取ると二十四節気と天文がぴたりと一致するので、正確な季節が分かるというメリットがある。他方、平気法を取ると、閏月は生じても、月に二回中気を含むということはなくなる。地球が太陽のまわりを一周するより、十二回新月がやってくるほうが短いからだ。従って、平気法による陰暦では2033年問題は起こらない、とのことだ。

 で、言うまでもないが、断易も四柱推命も、清代よりはるか昔に始まった。とうぜん陰暦の、それも平気法によって月干支を決めていた時代に、である。

 たぶん初期の四柱推命は、平気法を定気法になおしたり、陰暦を太陽暦になおすということはいっさいやっていなかったと思う。蔵干などもなかっただろう(これはたぶん天文学などと結びついたあとに出てきたのだと思う)。ただ産まれたときの八字を看て、五行大義にあるような干支の基本的な関係性のみを用いて、推命をしていたのだと思う。その頃には、日干ではなく年干を我としていたというから、古い時代に行われていたことがなんでもかんでも正しいとは思わないが、僕自身は、この辺のことは慎重に検証したほうがいいのではないか、という感じを持っている。

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 以前は奇門遁甲の局数や日の九星を取るときのやり方が釈然としなかったものだが、陰暦の作り方を知ると、じつによく似ていることが分かる。

 応期に挑むのでスカッと外すかもしれんけど、やるだけやってみたい。いっこうに梅雨が明けない。僕は関東在住である。関東がいつ梅雨明けするか、占ってみた。


  未月己巳日、恒の萃に之く

  勾 〃 財戌 応
  朱 × 官申 ⇒ 官酉
  青 ヽ 子午
  玄 □ 官酉 世 ⇒ 兄卯
  白 □ 父亥 (兄寅) ⇒ 子巳
  騰 〃 財丑


 さて梅雨明けの用神だが、晴れということなら妻財になるが、梅雨明けというのはあくまで気象庁が発表するものだから、父母だろう。で、二爻に父母の亥水があるが、これが反吟に絡んでいる。明けるべき梅雨が明けない、という状況に応じていると思う。また日辰からも冲されている。幸い、原神がふたつ動いているが、酉のほうは反吟で、申のほうは進神ながら日辰に合住している。これは・・・という感じである。

 来月が申なので、申月に原神が進んで梅雨が明ける、という読みが考えられるが、聞くところによれば、立秋を過ぎると梅雨明けの宣言はないらしい。加えて、原神の発動を得てはいるがガッツリ邪魔されていて、用神も土用に死のうえダブルで冲を受けているので、下手をすると梅雨が明けないまま夏が終わる、ということもあるかもしれない。

 梅雨が明けるとすれば立秋の前になる。父母の冲と原神の合を解く寅日が候補に挙がってくる。なので、明けるとすれば八月三日の戊寅になるんじゃないか。しかし梅雨明け宣言が行われたとしても、しばらくは雨が降ったりやんだりしそう。卦を見るとそんな印象を受ける。

 以上でございます。結果が出たらあらためて検証しようと思う。


【8/1追記】

 今日、関東の梅雨明けが発表された。正解は丙子日。卦を見ると、子孫午を冲発し、妻財丑と合になる日、ということになる。とすると、用神を違っていたのだろう。あくまで天気占として「晴れ」にフォーカスするのが正解だったようです。
 官鬼と父母が反吟や合住になるのは、天候が良くなる、という意味だろう。

「バイブルに神が光あれと言ったら、光が現れて昼と夜とができたとあるが、いったい誰がそれを見ていたのか」

 あとがきによると、著者の鈴木大拙は、外国人の集まりに出て、そんなことを尋ねたそうだ。むろんキリスト教徒たちが唖然としたのは言うまでもないが、この逸話に本書の意義と内容が集約されているように思う。本書はまず英語で書かれ、のち日本語に翻訳された。つまり、そもそもが西欧人むけに禅を紹介したものだが、日本人の僕が読んでもみごとな禅の解説書であると感じた。

 僕の浅薄な要約などきっと内容を誤って伝えるのみでなんの役にも立たないだろうから控えるが、禅は思惟するものではなくそれを「生きる」ものなのだ、という熱いメッセージはちゃんと汲み取れたと思う、たぶん。読んでいて度々感動した。いわゆる禅問答、公案というやつがいくつも引かれているが、これがまったく意味が分からないながら、沁みるのである。要するに禅匠たちは、ごちゃごちゃ考えるな、裸になってその概念とサシでむきあえ、ということを言ってるんだろうと思うが、ただそのように言われるより鬼気迫るものがあるから不思議だ。

 宗教というと神秘的なことを語るのが常だが、禅はいっさいそういうのを語らない。しかし、家康公の学問の師匠で今川義元の軍師だった太原雪斎や、易占をもって家康公の顧問を務めた閑室元佶、柳生宗矩に剣を語ったという沢庵和尚はいずれも禅宗の僧だった。たびたび読み返している「日本の弓術」などにも禅の思想が伺える。密教もすごいとは思うが、僕は禅宗のお坊さんの振舞いのほうが好きだし、親しみも感じる。機会があったらぜひ座禅のてほどきを受けたいと思った。

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