金枝篇とはイギリスの社会人類学者フレイザーによる、未開社会の呪術(祭りや神話、迷信の由来などを含む)についての名著である。ぶっちゃけ魔術だの呪いだの言いながら金枝篇もまともに通読してないようなのはただのアレなので相手にしないほうがいい、というくらい重要かつベーシックな書籍である。むろん僕も読ん……いや、読もうと思って岩波版の二巻の途中で休止し、積んでいる。いまのところ。いつか読まなきゃならんとは思っているが、開くと眠くなってしょうがないのである。ただ、だからといって詰まらないものでは決してない。僕の知性と教養がすこしばかり追い付かないだけのことである。

 言い訳はこれくらいにして本題に入ろうと思うが、金枝篇では「類感呪術」と「感染呪術」について論じられている。詳しくはウィキを参照して欲しい。

  ・金枝篇
  ・類感呪術
  ・感染呪術

 フレイザーはあくまで呪術を迷信だと思っているので、そういう論じ方をしているが、呪術に関する理論や一般論としてこれほど整然とした考え方もなかなかないと思う。結局のところ呪術とは丑の刻参りに尽きるのである。起こって欲しいことを象徴的に模倣することで、それを「引き寄せる」わけである。さらにその模倣に、本人に由来するようなものを交える。これがほとんどすべての呪術に共通する「構造」だと考えてよいと思う。

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 六壬や奇門遁甲には呪術的な運用法があるという。風水などは(とくに玄空派は)、理気から住んでいる人の事象を読むことができる。易卦は陰陽師が使う兎歩の元になったという。西洋魔術と西洋占星術のつながりの深さは改めて指摘するまでもない。ルーンにもジオマンシーにもまじない的な技法がある。つまり、占いと呪術は表裏の関係にある。これは疑う余地がない。占いの象は、まさに類感呪術、感染呪術の対象として、これほど相応しいものはない。現在、この方面についての研究がまったく為されていないのは不思議というほかない。理気に基づいた「改善」が験をもたらすなら、易卦を用いた「改善」が験をもたらしても、何ら不思議ではない。

 四柱推命の「ラッキーカラー」的なものはすべてこれである。周易の一般的なアドバイスにしたって義理を踏まえての改善なわけだから、この呪術の範疇にあると見なせないこともない。ただ単に、風水や方位がそれを専門にしてきたというだけのことで、易その他の卜占がこれに対応できないとは限らないのだ。むしろ、呪術などの構造を考えれば験があって当然と言えるのではないだろうか。

 たとえば四柱推命で、人様の命式を見ていて、ここがこうだったらいいのになあ、と思うことが多々ある。こういうとき、忌神の干・支を冲去・合去してくれる干支を象徴するような小物にちょっとした願いをかけて持ち歩いてみるというのも、試す価値は大いにあるのではないか。いや、個人的に、卦や命式にちなんだちょっとしたおまじないをやってみて、大いに験があったということが幾度かあったので、そんなことを思いついたまでである。